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Alcon EYE Vol.4
症例から読み解く薬剤の処方意図
「白内障手術と術後眼内炎」
監修:佐々木 香る(出田眼科病院)
(1) 白内障の薬物治療

患者は65歳女性で、眼のかすみを主訴に来院した。細隙灯顕微鏡検査で水晶体混濁が認められ、白内障と診断した。この時点で、患者は日常生活にさほど不自由を感じていなかったため、白内障の進行を抑制する目的でピレノキシン製剤カリーユニを処方して、経過を観察することにした(処方例1)。白内障の原因は、トリプトファンなどのアミノ酸の代謝異常で生じるキノイド物質が、透明な水晶体の構成蛋白とSH基を介して結合し、不溶化するためだと考えられている。ピレノキシン製剤は、この結合を抑制することによって白内障の進行を抑制する。また、還元型グルタチオンが水晶体蛋白の酸化を抑制することから、タチオンなどのグルタチオン製剤も白内障治療薬として用いられている(表1)。
白内障の薬物治療では3カ月ごとの診察が原則だが、慣れてくると薬のみを購入し、眼科を受診しなくなる患者もいる。しかし、白内障の症状の陰に思わぬ眼底疾患が隠れていることもあるので、薬のみを希望し1年以上経過している患者には、眼科受診を勧めることが望ましい。
表1 白内障薬物治療薬一覧
| 一般名 | 商品名 | 剤形・容量 | 用量 |
|---|---|---|---|
| ピレノキシン | カタリン | 点眼液(錠) 0.75mg(溶解液15mL付き) |
(0.005%として) 1回1~2滴、 1日3~5回 |
| カタリンK | 点眼液(顆粒) 0.75mg(溶解液15mL付き) |
||
| カリーユニ | 点眼液:0.005%、5mL | ||
| グルタチオン | タチオン | 点眼液(錠) 100mg(溶解液5mL付き) |
(2) 白内障手術:術前の処方せん


薬物療法で2年間が経過した患者において、白内障が進行し、視力が低下して日常生活に不自由を感じるようになり、手術の適応となった。現在、白内障手術は水晶体を超音波で砕いて吸引除去する「水晶体超音波乳化吸引術」と、水晶体の代わりとなる眼内レンズを挿入する「人工水晶体眼挿入術」との組み合わせが主流である。これらの術式の近年の進歩は目ざましく、切開創は数ミリ程度と小さく、術後の視力回復も非常に早くなっている。
白内障手術前の薬物投与の目的は、感染症予防である。眼瞼や結膜嚢には多くの細菌が常在菌として棲みついており、これらが手術中に眼内に持ち込まれると術後眼内炎を引き起こす危険がある。術後眼内炎は視力予後に重大な影響を与えることもあり、安全といわれる白内障手術において一番怖い落とし穴である。
術後眼内炎予防のためには、手術時にできるだけ常在菌を減らすことが重要である。そのための術前投与は、第三または第四世代ニューキノロン系抗菌点眼薬の術前3日間投与が有効であるとされている。これまでは第三世代ニューキノロン系抗菌点眼薬が処方される(処方例 2-1)ことが多かったが、近年、第三世代ニューキノロン耐性菌の増加について多くの報告がされている(表2)。術前の細菌検査などで耐性菌の存在が疑われる場合、ベガモックスなどの第四世代ニューキノロン系抗菌点眼薬を処方する(処方例 2-2)。
表2 最近の結膜嚢常在菌 主要菌種の第三世代ニューキノロンに対する耐性化率
| 一般名 | 岩崎ら | 片岡ら | 櫻井ら |
|---|---|---|---|
| 表皮ブドウ球菌(メチシリン耐性菌を含む) | 7.6% | 22.4% | 24.8% |
| コリネバクテリウム属 | 22.6% | - | 45.5% |
| 黄色ブドウ球菌(MRSA含む) | 15.3% | 24.0% | 13.0% |
(文献1-3より引用)
(3) 白内障手術:術後の処方せん



白内障手術術後には、抗菌点眼薬、ステロイド系抗炎症点眼薬、非ステロイド系抗炎症点眼薬の、いわゆる3点セットを処方する(処方例 3-1,3-2など)。抗菌点眼薬では、ニューキノロンが主体である。白内障手術後の点眼は、以前は約3カ月間続行していたが、手術法の変化などに伴って短縮され、現在では術後1カ月間が標準的である。
術後眼内炎などの合併症を予防するためには、点眼した抗菌薬が眼組織で効果を発揮することが重要である。そのためには、抗菌点眼薬の抗菌力や抗菌スペクトルとともに薬物動態にも留意して、眼組織移行性の良好な薬剤を選択する必要がある。また処方時には、術後眼内炎を防ぐために術後の点眼が非常に重要であることを説明し、患者のアドヒアランスを高めるような点眼指導をする必要がある。
経過が順調であれば、術後1カ月で点眼は終了する。その後、患者の要望によって非ステロイド系消炎剤を処方する場合もある(処方例 3-3)。この処方は不定愁訴には非常に効果的である。
点眼の終了により不安を訴える患者には、抗菌点眼薬とステロイド系抗炎症点眼薬が中止されたら、「今のところ順調な証拠ですよ」と話してもよい。
表3 一般的な白内障手術後の処方薬の一覧
| 系統 | 一般名 |
|---|---|
| 抗菌剤 | 0.5%ベガモックス点眼液、0.5%クラビット点眼液、0.3%ガチフロ点眼液など |
| ステロイド | 0.1%リンデロン点眼液、0.1%フルメトロン点眼液など |
| 非ステロイド | 0.1%ジクロード点眼液、0.1%ブロナック点眼液など |
(4) 白内障手術:術後合併症発症時の処方せん


術後数日以内に発症する術後眼内炎の処方の理解
白内障手術の翌日には視力が回復し、順調に経過するかにみえた症例で、術後3日目に突然、患者が充血と眼痛、視力低下を訴えた。急いで診察すると、角膜全体が混濁し、前房内に白血球が溜まる前房蓄膿の所見がみられる。急性術後眼内炎である。緊急入院となり、即時、ベガモックスを頻回点眼し、バンコマイシン、モダシンの点滴および硝子体内注射(処方例 4-1,4-2)を行った。なお、術後投与されていたステロイド点眼薬は急に中止すると強い炎症を起こすため、中止せずにまず減量することもある。硝子体手術で物理的に病原菌と、感染の足場となる硝子体を除去する。
術後眼内炎の頻度は0.05%前後ときわめてまれではあるが、白内障手術の合併症の中で最も重篤で、眼科医にとって非常に脅威である。急性術後眼内炎の起炎菌としては、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)や黄色ブドウ球菌(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAを含む)、腸球菌などの結膜嚢常在菌が多く検出される。これらの起炎菌の中で、特に恐ろしいのはMRSAと腸球菌である。これらが感染すると予後が悪く、発症後数日で失明に至ることもある。
術後眼内炎の治療に用いる抗菌点眼薬の必須条件は、感染局所である眼内組織への移行性が高いことである。抗菌点眼薬の組織移行性の指標として、前房内の薬剤濃度を示すAQCmaxがある。数あるニューキノロン系抗菌点眼薬の中で、ベガモックスはAQCmaxが飛び抜けて高いことから(図1)、術後眼内炎の治療には最適であると考えられる。

図1 ニューキノロン系抗菌点眼薬の AQCmax
MFLX:モキシフロキサシン、LVFX:レボフロキサシン、GFLX:ガチフロキサシン、OFLX:オフロキサシン、TFLX:トスフロキサシン
試験方法:各点眼薬を白色家兎に15分ごとに3回点眼し、10、30、60、120、240分後の前房水中の薬剤濃度をHPLC法にて測定。測定データを用い、AQCmaxを1-コンパートメントモデルにより算出。

後発白内障発症時の処方の理解
合併症を起こすこともなく順調であった症例では、術後1年が経過した頃、患者が眼のかすみを訴えて来院することがある。診察の結果、後発白内障であった。白内障手術で水晶体を除去する際、水晶体嚢(前嚢・後嚢)という袋状の構造を残してその中に眼内レンズを固定するが、前嚢に残された水晶体上皮細胞が増殖し、時間の経過とともに後嚢が濁ることが後発白内障の原因である。これは、日帰りのYAGレーザーで濁りを粉砕することによって簡単に解消することができる。しかし、レーザー時にコンタクトレンズを挿入することや、レーザーの影響で一時的に前房内炎症を生じることなどから、感染防止のための抗菌点眼薬と消炎のためのステロイド点眼薬を処方する(処方例 5-1)。
YAGレーザー後に発症する術後眼内炎の処方の理解
後発白内障をYAGレーザーで治療した患者が,数日後に眼のかすみの再発に加えて充血と眼痛を訴えて来院した。診察の結果、遅発性術後眼内炎と診断され、即入院となった。急性術後眼内炎(処方例 4-1,4-2)に準じて処置および手術を行ったところ、眼内炎は無事に治癒した。遅発性眼内炎は、白内障手術数カ月後やYAGレーザー治療直後に発症する合併症で、起炎菌の多くはアクネ菌、CNSなどの弱毒性の菌による感染である。
本症例では、白内障の手術時に侵入して水晶体嚢に潜んでいた嫌気性菌のアクネ菌が、レーザーによってまき散らされたために発症したと考えられる。
(5) 薬剤師に期待される点眼指導
今回の処方せんから、私たち眼科医の「眼内炎を生じさせたくない」という祈るような気持ちや、不幸にして発症した眼内炎を治療するときの必死な気持ちを読み取っていただければ幸いである。しかし、感染症に対して高い効果を発揮する抗菌点眼薬も、使い方を誤れば耐性菌を増加させる結果となってしまう。抗菌点眼薬を処方した際には、決められた期間と回数を守って使用し、漫然と使い続けることのないように患者を指導していただきたい。
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